ゼロ思考
よくテレビでこれでもかというほどに不幸や苦しみを味わった人が生きることの素晴らしさに
気付き、残りの人生を感謝と笑顔の人生を歩むことがあります。
そこで私が感じたことはあらゆることを0にしてそこから生きていくと人生は感謝と笑顔の連続
になるのではということです。
なぜ0にするか?
これは判断の基準を低くするためです。
例えば人はテレビのニュースや雑誌で他人のセレブさを見て自分と比較して不幸を嘆き、嫉妬します。
これはとても経済力の高い人と自分を比べるからこうなるわけで、逆にアフリカなどの経済的には豊か
ではないところで一度でも暮らせば日本で生活するだけでとても豊かで安全だと気付きます。
いいか悪いかは別として思考の訓練として、全てのものの比較基準を低くすることを提案します。
厳しい修行をしたお坊さんが人生は生きているだけで喜びであるというのも
冬場に滝に打たれたり、1週間睡眠とらなかったり、断食をしたりと生きているだけで
苦しいことをしているから、その修行が終わると生きているだけで人生は喜びだと感じるわけです。
ここでもお坊さんが、苦しさを基準に考えるので全てが喜びになります。
ここで論理が飛躍しますが、最大限の幸せを感じるには最大限の不幸を味わうことが必要です。
わかりやすく経済的に裕福かそうでないかを例に挙げると、生まれながらに大富豪であれば
自宅にプールがついていようがなんともなく、全ての物を所有していることが普通であり、なんとも
感じません。
方や、ストレートチルドレンで親もいなくて住むところはなく、毎日食べ物に困る。
このような人が努力の末大富豪の家にいってプールで遊び、両親と遊び、食べるものにも困らない生活を送れば、それまでの人生と比較して物凄い幸せを感じます。
このように、比較によって人の感情は動きます。
・試験でも苦労すればするほど受かった時がうれしい
(もちろん早く受かるに越したことはありません!)
・仕事でもこんなの無理と思われたのができるとうれしい
喜びを得るには苦しみを感じ
楽しさを感じるにはさびしさを感じ
生を感じるには死を感じることが必要です。